ひらめいたって言うな

うまくいかないと苦しんでいるときにも、ひらめきに向かう準備が無意識のレベルで着々と進行しているということだ。最近の脳科学でも、運動にかかわる視覚情報と認識にかかわる視覚情報はある程度まで独立に処理されていること、そして処理の結果が相反する場合のあることが示されている。とすると、体で無意識的にわかっているが、意識のレベルではわかっていないという、我々の実験結果もそれほど不思議なことではない。
  近代細菌学の祖であるパスツールは「チャンスは準備された心にやってくる」と述べた。ひらめきは、突然降って湧いてくるものではない。絶えざる努力の中でじわじわと滲み出てくるものなのだ。(じわじわとひらめく: 認知科学者の視点 | ちょっと一息| Wisdom

ひらめいた人は、それが一瞬なので、語るときに「(パッと)思いついた」と言ってしまう。そうすると青年などは、「ああ、天才じゃないと無理なのだな」と勘違いしてしまう。そうじゃないのだ。もったいない。みんな、ひらめいたって言うな!