相対化された自分

悪いところを指摘してその人の「やり方や考え方を変える」というのが山田さんの命題だ。そのための方法論として厳しい言葉を用いたりする“ショック療法”も辞さない。これは、いまの世の中でなかなか出来ていないことだ。多くの日本人は摩擦を起こすことを嫌う。(生産現場に「人間を取り戻す」:NBonline(日経ビジネス オンライン))

あえて嫌われ者になれる人というのは、自分を一段高い位置から、プレイヤーの一人として、全体最適化のために動く存在と見る。自分さえも突き放した一つのコマとしての知覚。古き良き父親(厳しい父親として、子供に対する「相対化のための壁」となる)もそういうモデルなのかもしれない。そういう高い視点をいつも忘れてしまうな。